2019年夏号_vol.34 収録

木村元先生の経歴
2012年度に芝浦工業大学に赴任。それ以前は、早稲田大学、コペルニクス大学(ポーランド)、産業技術総合研究所、中央大学を歴任。専門は数理物理学。特に、量子力学の基礎と量子情報科学への応用を研究している。講義では、単なる理論だけでなく、講義中にデモを実演をすることで,物理学が本当に成り立つ驚きを伝えている。本学の「ベスト授業賞」に2度選ばれたのはこれまでに木村先生のみ。本学の少林寺拳法部の顧問・コーチを務めている。少林寺拳法部は部員が少なく困っているので、いつでも体験に来てほしいとのこと。
取材/齊藤・村中
編集/齊藤
―先生の研究について教えて下さい。―
簡単にいうと量子力学です。たぶん、私の研究って相当変わっていると思います。みんなは古典力学を習ったでしょう。ところが、原子とか素粒子とかの10のマイナス10乗mとかそれくらいのスケールになってくると、残念ながらみんなが勉強してきた古典力学って使えなくなってしまう。そこで、新しい法則が必要になるわけだけど、それが量子論とか量子力学というものです。
量子力学ってものすごく不思議なの。どう不思議かっていうと、誰も理解していない。量子力学というものは、プランクという人によって1900年に最初に出現した。量子力学の理論が完成したのが1920年。だから、量子力学が完成してから100年の月日が経っている。今では、どんどん応用されてきていて、これまでにないぐらい成功しているものだけど、未だに誰も理解していない。不思議でしょ?じゃあ、なんで理解していないのに使えるのか。例えば、子どもたちでもスマートフォンを使いこなしているじゃ ない。こうしたらゲームができるとか、こういう操作をするとインターネットにつながるとか、これをやると電話ができるとか知っている。でも、子どもたちはスマートフォンの中の回路がどうなっているのかとか、センサーがどう機能しているのかとかは理解していないじゃない。でも、使える。それとほとんど同じです。私たち物理学者も量子力学で、こういう計算をしたらこういう自然現象を説明できる、という計算方法や使い方は分かっている。こういった「使える」という意味では出来るわけだけど、かといって理解したとは限らない。だったら、どういう意味で理解していないのか、ということになってくる。これが私の研究の一番のテーマです。
不思議な質問をするね。いま、東京タワーは存在していると思っているでしょ?でもそれを証明してって言われたらどうしますか?一番簡単なのは実際に東京タワーの近くに行ってみること。ここで捻くれた質問をして「観測をしていないときに、東京タワーはあるか証明できますか?」と聞いたらどうしますか?観測というのは、音波を使ったり、見ずとも触ってみたりね。私のこの質問は「誰もいかなる観測をしていないときに東京タワーはあると思う?あると思うなら証明してみて」ということ。これはもはや哲学だよね。もう、2000年くらい前から哲学ではものの存在が云々と議論してきているからね。でも、ずっと物理学では、それはあると仮定してきた。例えば、古典力学において、ある瞬間に質点がここにあって、こういう速度で飛んでいて、とかやってきた。でも、ここに質点があるのは誰かが観測していようと、してなかろうと存在する訳で、これは常識的だよね。でも、量子力学ではこういう常識的な考えが使えないっていうのが分かっている。つまりね、原子とか素粒子とかの小さな世界では、観測していないときのことは誰も分からないの。だから、量子力学というのは観測したときはどうなっているのかを教えてくれる理論になっている。だから、普通の量子力学は観測をしていないときのことは語らない。
ところが、こういうことに真っ向から反対したのがアインシュタインとかシュレディンガー。アインシュタインは、「月は誰も見ていなくても存在する」と言った。量子力学が誰も見ていないときには月が存在するかは語れないなんておかしいだろって。どうして語れないのかはずっとあやふやだったけど、1960年代になってようやくわかってきた。ベルが証明した「ベルの定理」というものがあってね、これも私の研究の大きなテーマです。ベルは観測していなくても存在すると仮定した。これを哲学用語でいうと「実在性」と言って、これは今までみんな信じていたこと。もう一つ重要な仮定があって、「局所性」というもの。これは、ここで起こっていることだけで原因があるとするもの。実験をするときって、その部屋の室温とか湿度とか色々なことに気を使うじゃない。ところが、ここで実験をすることにアンドロメダ星雲で宇宙人がくしゃみをしたとかさ、どんなに遠く離れていることもここの実験に影響を及ぼすってなったらさ、もう秩序もなにもないじゃない。局所性というのは、こういうことがないということ。でも、もし局所性がなかったらおそらく我々人類は世界の物理法則を理解することは出来ないよね。だってさ、我々は地球に住んでいるわけだけど、地球って広大な宇宙の点みたいなものじゃん。なのにさ、宇宙の至るところからの影響があったら秩序は全く見えてこないと思う。だから、局所性ってとても地味だけど、世界を理解するという意味ではとても重要な仮定です。
ベルは、実在性を満たすと仮定した。つまり、見ていないときのことも語る、と仮定した。もう一つ、存在するとしたら局所性も満たしてほしいよね、と仮定した。だってさ、存在すると仮定したものに宇宙中から影響を受けて変わっていたら、存在したとしても我々にはもう分からないからね。だから、この2つを満たすものが物理学であってほしかった。アインシュタインもこういうものがあるはずだって死ぬまで信じていた。私達も、古典力学ではこういうものがあるはずだと暗黙のうちに仮定していた。ところが、ベルが証明したのは、なんと量子力学の理論はこれを破るっていうことを証明した。つまり言い換えると、量子力学はこの当たり前と思われていた実在性と局所性は両立しないっていうことを証明した。もっと言うと、両立しない現象が存在する、ということ予言した。それで、1980年代ごろになって実験が行われるようになると、ベルが予言する通りの現象が起こった。ということは、ベルが示したのは、局所実在では説明がつかない不思議な現象だということ。そういうことを今では我々は、エンタングルメントと呼んでいます。エンタングルメントって絡み合いってことだけれども、日本語でいうと量子もつれって言われる。これは、局所実在では説明がつかない現象。何を意味しているかっていうと、もしかすると存在するかも知れないんですよ。でも存在するとしても、宇宙上の影響を受けてしまう奇妙な実在になっていしまう。だから、存在するとしても我々には分からない。物理学者はどちらかというと局所性をとても重要視するの。だって、我々人類はとても局所的存在でこれがなくなってしまったらもうお手上げだから。だから、局所性を捨て去るぐらいだったら実在性を捨て去ろうってなった。
こうして、量子力学では見ていないときのことを語るのを諦めた。だから、量子力学というのは見ているときのことだけを教えてくれて、見ていないときのことは語れない。語ろうとすると局所性が崩れてしまうからね。これが現代物理学のたどり着いた答え。しかも、実際に実験で証明することもできる。でも、これってめちゃくちゃ不思議じゃん。こんなに不思議なら何かに使えるだろうってことで、ここ2,3年で気運が変わってきている。この応用が私のもう一つの専門の量子情報っていうものなのね。私の専門は二つあって、一つは量子力学基礎論っていう要するに量子力学を理解したいっていうもので、量子情報が応用で、局所実在では説明がつかないくらい不思議なものだから何かに使えるんじゃない、ということで色々なことが分かってきた。その一つがSFみたいだけどテレポーテーション。物体を、遠くにテレポートするっていうもの。SFじゃなくて本当にできる。あとは、量子コンピューター。これは今のコンピューターとは全く違う原理で、量子論を利用して飛躍的に計算を速くしたコンピューター。あと、量子暗号といって、絶対に解読されない究極の暗号が出来るとか。いろんな情報処理、計算とか暗号化、符号化、通信とかに量子が使えるっていうことが分かってきて、次世代通信技術になると期待されている。
最終的には、量子力学を理解したいなって悩んでいる。だって、気持ち悪いじゃん。局所実在が両立しないことが分かったからといってどっちが正しいのかとか、どっちも正しくないのか、あるいはこれを超えてもっとこの自然を理解する新しいものがあるのかも知れないし。
―物理学者を目指したきっかけは何ですか?―
私は最初、高校2年生のときに哲学者になろうと決めました。それまでなんにも考えてなかったの。勉強もしたことなかったし、遊んでばかりでね。でも、色々あってこれじゃいけないなって思って。じゃあ、自分に一番向かない職業を目指そうと思ったの。若気の至りでさ、自分の人生を壊そうと思ったんだよね。自分にとって一番ありえない職業ってなんだろうなって思った時に、それまで何も考えないで生きてきたから、考える職業が一番自分にふさわしくないなって。それで、考える職業ってなんだろうと思ったら哲学者かなって思って、哲学を勉強し始めた。ところが、哲学を勉強するとね、すごく曖昧だったり、同じようなことを言っているようにみえて喧嘩していたりして、段々わからなくなっちゃったのね。それで、自然科学は哲学の一部門であり、その中でも基礎の物理学っていうのは、しっかりと実験も検証も行わなければいけないし、道具も数学を使って論理的にしか言えないし、と思っていいなって。まずは、物理学をしっかりと勉強しようかなと思って、物理学を勉強し始めました。最初、物理学は赤点で、すごく苦手だった訳だけど、私は一番ふさわしくない者になろうと決めて いたから、それは諦めて一生懸命勉強しました。スタートはそういうふうにだいぶ奇妙だったど、大学3年生の時に量子論を本格的に勉強して以来、もうこれは研究するしかないな、と思っそれから20年以上研究しています。
―挫折することはありませんでしたか?―
それはもう毎日ですよ。いま私は、理論物理学、あるいは数理物理学を専門にしていますが、はっきし言って世界は天才だらけですよね。自分が1年とかかかってやっと分かったことを一瞬で分かっちゃう人もいるし、どんどん新しい成果だしたりする人がいる訳ですよ。自分なんかに出来ることなんてないんじゃないかなっていう中でやるわけです。若い頃は色々悩んだけどね、どこかで信じるしかないんだよね。私は死ぬまでに何か一個でもわかることがあるんじゃないかって信じてやっています。でも、基本的にはわからないことだらけで、1知ると1わからないことがでてくるんだよね。わからないことはみんな当たり前なんだけど、そこからどう自分を成長させていくのかっていうのが大事だと思うんですよ。わかっていないということから、わかるっていうふうに変えていく。自分が今まで出来なかったこと出来るに変えていくってみんなも一緒でしょう?私はそういうことを学生たちに伝えていきたいから、自分もそういう生き方をしないと、と思っています。自分はふんぞりかえって自分がわかっていることだけ教えて「お前らこんなのもわからないのか」じゃ駄目じゃん。自分が一番みんなより勉強して、みんなより悩んで、みんなより諦めないで、ってそういう生き方をして、それで学生に伝えられることがあったらいいなと思っています。