(取材・編集:安里)
當麻先生の経歴
2009年7月- 2012年9月AIT Austrian Institute of Technology ,博士課程
2012年12月- 2014年1月 Juelich Research Centre , 博士研究員
2014年2月 Juelich Research Centre, フンボルト研究員
2014年3月- 2021年10月 東京医科歯科大学, 生体材料工学研究所, 助教
2021年11月 東京医科歯科大学, 生体材料工学研究所, 講師
2022年4月 芝浦工業大学, 工学部 電子工学科, 准教授
2022年4月 東京医科歯科大学, 生体材料工学研究所, 非常勤講師
今回の白熱教室は、芝浦工業大学電子工学科當麻浩司准教授(以下、當麻先生)です。東京都出身、現在40歳。生化学分子の空間的な揺らぎを計測・活用する研究を進めています。前回のプレーマチャンドラ・チンタカ先生に続き、同じ電子工学科の先生です。今回當麻先生には、学生時代から今に至るまでの経緯や研究内容について伺ってきました。海外を拠点に過ごした時期や、研究者を志したきっかけから私たちの今後の人生の指針になるような話をして頂けました。 (取材・編集:安里)
―大学卒業後―
実は元々就職希望で、修士号を取得したら就職しようと考えており、東京理科大学物理学科卒業後は東京工業大学大学院に進学しました。進学後まもなく指導教官が異動することになり、その先生について東北大学に拠点を移すのか、それとも東工大に残るのかという決断に迫られました。就職活動には首都圏が便利でしたが、同時に海外の博士課程進学にも興味があったため、非常に悩みました。決断の参考にと、修士1年生の夏に指導教員の先生がドイツのマックスプランク研究所へ送ってくれました。そこでは楽しそうに研究を行い、学年関係なく活発に意見を交わす刺激的な環境がありました。そこに魅了され博士課程への進学を決断しました。また欧米の博士課程の学生は研究室主催者(PI)と『雇用関係』になるため給料が出ます。経済的に自立できることも決断の後押しになりました。博士課程をドイツの同研究所で過ごす予定でしたが、修士課程修了直前に研究所の指導教官がオーストリアのウィーンの研究所に異動しました。研究内容は変わらなかったので、特に迷いもなく博士課程はウィーンの研究所で過ごすことを決めました。修士課程を修了して、企業に就職することもできたかもしれません。しかし、私自身が敷かれたレールの見える環境が好きではなく、先の見えない人生を歩んでみたかったのです。
―研究内容―
私の研究の一つは生体医工学という分野にあたり、温度や光といった物理情報ではなく、タンパク質などの生化学情報を測定するバイオセンサの開発を行っています。体内に存在するタンパク質には、特定の分子を捕捉する性質を持つものが存在し、この性質を応用した素子を「生体認識素子」と呼びます。バイオセンサは生体認識素子を利用することで、特定の生化学分子だけを測定する「選択性」を獲得します。バイオセンサの開発は、病気を引き起こす分子の濃度の計測を実現させます。大半の生体認識素子は一度しか計測できませんが、私の研究では「分子動態の時空間情報」にこだわり、繰り返し・連続的に計測できるようなバイオセンサの開発に注力しています。連続計測が可能なバイオセンサは、体の状態のモニタリングを可能にするため、病気の早期発見に繋がります。また、この技術を大気中に浮遊する分子の連続計測に応用することで、環境問題にも活用することが出来ます。
―電子工学のつながり―
一見離れているように思える生体医工学と電子工学の関わりですが、センサとして計測を行う場合、生体認識素子で拾った情報を電気信号に変換する必要があります。その役目を果たすのがトランスデューサと呼ばれるデバイスであり、生体認識素子とトランスデューサの二つを合わせたものをバイオセンサと呼びます。
私の研究では、ナノメートルサイズの金属に生じる特殊な光現象「表面プラズモン」をトランスデューサに利用しています。このナノ領域に局在化された光が、分子の捕捉するナノ領域での反応を敏感に感じ取ることで、私達が目で見える光変化に「変換」をしてくれます。
―最近の研究―
研究の一つに、体内の薬剤の濃度変化をリアルタイムにモニタリングするためのバイオセンサの開発を行っています。医療現場では副作用が強い抗生物質が使われており、投与には血中濃度を一定範囲に維持し続ける必要がありますが、血中濃度がどのように時間変化するのか連続的にモニタリングする術がありません。集団のデータから構築した統計モデルに基づいて推定しています。ところが、患者さんの代謝はその日毎の体調によっても変化するため、実際の濃度変化と統計モデルの間には大きなズレがあるかもしれません。採血を伴う計測は看護師や患者さんにとっても負担の大きく、毎回採血を行うことは困難です。もし、より低負担に血中濃度の連続的なモニタリングが可能になれば、患者さん毎にきめ細やかな対応が可能になり、薬剤の効果を最大限高めながら副作用を最小限に抑えることができるようになると考えています。
―芝浦の学生の印象―
まだ芝浦に来て2年と短く、わからない部分も多いですが、芝浦生の長所は真面目なところだと思います。日々一緒に研究をして、理系の分野が好きなのが伝わってきます。自分の研究を芝浦の学生と一緒に進められることが楽しいです。一生懸命に研究している学生と時間を共有できることは最高ですよ。
逆に芝浦生の短所はおとなしいところでしょうか。これは日本の学生全般に当てはまることだと思いますが、能動さに欠けていて常に受け身であると感じています。日本の義務教育課程がそうしていると思うのですが、疑問に思ったことを積極的に質問する姿勢は大切です。
―学生へのメッセージ―
在学中に是非『人間力』を養ってほしいです。大変なことがあった時に耐えられる力、生き抜く力のことです。SNS映えではなく充実できること。他者との比較ではなく、自分を保てるもの。人生の支えになるようなことをみつけてください。私自身、拠点が海外になって、日本はとても便利だと気づかされました。海外ではお惣菜も日本のように充実していませんし、郵便物が当たり前のように届く保障もありません。日常を過ごすにも一苦労の連続でした。これは普段の大学や私生活では経験できません。こういった環境で過ごした過去が私の人間力を培ったと感じています。不便の中、理不尽の中でしか身に着かないものがあると思います。『不便なとこに自ら飛び込んで人間力を養う』。これを是非在学中に体験して頂きたいです。留学をするにしても、ただ滞在するだけでは〝お客さん〟です。お客さんとして行くのではなく、慣れない環境の中で何かを達成しようとすれば、人生観をガラリと変えられる経験が得られるはずです。