2026年春号_vol.54 収録
データの裏にある文脈を読み解く力と、
選んだ専門分野を心から楽しむ没頭の力。
それらが、社会へ出たときの本当の武器になる。

今回の白熱教室は、芝浦工業大学システム理工学部情報課程社会シミュレーション研究室後藤裕介先生です。本記事では、シミュレーションがもたらす新しい価値、独自のゼミ運営の仕組み、そして芝浦生へのメッセージについて紐解きます。
先生の研究内容
まちづくりや政策決定といった人間が関わるテーマの社会問題に対し、膨大なデータのシミュレーションを通じて研究しています。これは社会シミュレーションと呼ばれます。最大の特徴は、現実では気軽に試せないことをコンピュータ上では低コストで検証できること。そこから導き出される選択肢を提示し関係者と対話をすることで、納得感のあるこれからの社会の仕組みをデザインしています。
社会シミュレーションは未来予知ではない
シミュレーションと聞くと、物理法則で未来を正確に計算するものを想像するかもしれません。しかし、人間が関わる社会はそう単純ではありません。人間はコントロールできないし、人間の思考のルールも解明されてはいません。もし人間の思考ルールがすべて解明されていて、それを私が知っていたら今頃研究者なんてやっていません。多分億万長者になっていますよ(笑)。みんな正解がわからないから困っている。だからこそ、社会シミュレーションは必要になります。シミュレーションの価値は予測の的中率にはありません。その真の価値は、シミュレーション結果を見て学習や理解あるいは対話の道具として使うことにあります。
対話の真ん中に、シミュレーションを
社会シミュレーションは、データの結果を押し付けるものではありません。シミュレーションが使われる例は、街にどのような施設を配置するかなどの賛否が分かれやすいテーマです。私たちは自分が損をするから嫌だという自分の得失で判断しがちですが、それが結果的に街全体の停滞を招くこともあります。そこで、社会シミュレーションでは新しい施設が配置されることによってどんな人がそこを訪れ、賑わいがどう変化するかを可視化します。例えば、その施設を目当てに男性高齢者が外出するようになると、その街で課題になっている高齢期の社会的孤立の解消につながるかもしれません。加えて、外出により歩数が増えれば医療費も下がるかもしれません。これは街全体にとっても良いことですよね。このように複雑な社会問題に対し、感情的な対立ではなく、エビデンスに基づいた共通認識を作り、対話のための共通言語となる力が社会シミュレーションにはあるのです。
研究の裏側:気合と根性に頼らない、ゼミ運営の仕組み
研究室といえば、研究室に必ずいなければならない時間である「コアタイム」や学会発表や論文の締め切り間近の「徹夜」などの気合と根性で乗り切る場所というイメージがあるかもしれません。気合と根性があるなら、それはそれで素晴らしい。しかし、後藤研ではゼミ運営も一つの仕組みとして意識しています。私は気合と根性に頼るのではなく、自然と成長が促されるような仕組みが大事だと思います。 多くのゼミでは、発表時に学生が教授から丁寧な指摘を受ける光景がよく見られます。しかし、その中には往々にして資料不備や初歩的なミスへの改善コメントも含まれます。中身の議論が本質ですので、この時間はちょっともったいないですよね。そこで、事前にスライドをピアチューターと呼ばれる事前チェック担当の学生にチェックをするようにルールを決めています。本番では、全員がチャットで意見を出し合うことで、短時間で多角的なフィードバックをもらえる環境づくりをしています。 また、学生の研究時間をコアタイムというルールで漠然と縛るのではなく、その役割を明確にした「もくもく会」を設けています。 週に一日一同に会して同じ空間で作業に没頭するものですが、狙いは、先輩や後輩と物理的に同じ場所にいる状態を意図的に作ることです。そうすることで、作業の合間にふとした相談ができ、学年を超えた縦・横の繋がりが自然と生まれるよう設計しています。
芝浦生へ
「数字は客観的で嘘をつかない」と思われがちですが、慣れてこないとその裏側を正しく読み解くことはなかなか難しいです。例えば、五段階評価のアンケート調査では、日本人はメリハリをつけず真ん中をなんとなく選んでしまう傾向があります。つまり、データの正しさというのは、回答者の特性やその場の状況といったデータの裏にある文脈に依存します。数字を鵜呑みにするのではなく、いつ、どこで、誰が、どんな意図でその調査を行ったのかといった文脈を正しく理解する必要があります。では、どうすればデータを正しく扱えるようになるのでしょうか。それはコンペやプロジェクトで、時間を忘れてデータと格闘し、没頭する経験を積むことです。そうした泥臭い経験を通して初めて、数字の裏にある文脈を読み解く感覚が養われます。まずはデータを安易に信じない姿勢を持つことから始めましょう。 この「没頭する力」はデータ分析に限らず、皆さんのこれからの大学生活においても全く同じことが言えます。
芝浦の学生の中には、「国立大学に落ちた」「第一志望に入れなかった」という過去を気にして、自分の可能性を過小評価している人が多いように感じます。 しかし、高校までの成績と大学での学びは、全く別物です。 大学で学ぶ専門科目は、高校では一度も触れなかったことばかり。いわば全員が同じスタートラインに立っています。過去の成績に縛られるのはやめて、自分が選んだ専門分野を心から楽しんでください。その没頭する力が、社会に出たときの本当の武器になります。 また、外の世界を知ることは、自分自身を深く理解することに繋がります。僕自身も、かつて東北で十年間働く機会があり、現地の価値観と文化に触れて東京が日本のすべてではないと肌で感じました。これからの時代、エンジニアが技術力だけで突き抜けるのは難しくなっています。今後はますます、多様な背景を持つ人々と協力してプロジェクトを動かす力が求められます。 だからこそ、学生のうちに国際的な経験をして視野を広げることには、とてつもない価値があります。グローバル PBL のような気軽に異文化交流ができる機会を存分に使い、自分とは違う考えを持つ人たちと交流してください。その経験こそが、将来チームで仕事をしていくための土台になるはずです。